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前橋地方裁判所 昭和33年(ワ)183号 判決 1962年2月26日

判  決

前橋市天川原町六四〇番地

原告

松井伊次郎

右訴訟代理人弁護士

横川紀良

前橋市天川原町六三八番地

被告

関口実

右訴訟代理人弁護士

池田正映

右当事者間の昭和三三年(ワ)第一八三号貸金等請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

被告は原告に対して四、〇八〇円を支払え。

原告のその余の請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

本判決中原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は「(一)被告は原告に対し一〇万円およびこれに対する昭和三三年一月一日から完済まで年三割二分の割合による金員を支払え。(二)被告は原告に対し別紙目録記載の池沼を明渡し、かつ昭和三二年五月一日から右明渡済まで年額二万四、四八〇円の割合による金員を支払え。(三)訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決と担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因を次のとおり述べた。

「一 原告は、昭和二九年一二月一五日被告に対して、一〇万円を、弁済期昭和三〇年四月末日、利息および遅延利息月六分の約束で貸し付け現金を交付した。しかるに被告は、昭和三二年一二月分までの利息および遅延利息を支払つたのみでその余の支払をしない。

二(一) 原告は、昭和二五年一一月一日被告に対して原告所有の別紙目録記載の池沼を養魚することを目的として、期間の定めなく賃料年額一万六、三二〇円、毎年七月および一二月に半年分ずつ支払う約束で賃貸したが、その後原、被告合意のうえ右賃料を昭和三〇年一月一日から年額二万四、四八〇円とし、これを昭和三二年二月からは毎月払とし、月末ごとに二、〇四〇円あて支払うことに改定した。

(二) しかるに被告は、昭和三二年五月一日以降の賃料を支払わない。

(三) そこで原告は、昭和三二年八月被告に対して右賃貸借解約の申入をしたので該賃貸借は、それから一年の期間を経過した同三三年七月末日終了した。

(四) しかるに被告は、右池沼を原告に返還せず爾後原告に対してその使用を妨げ賃料相当額の損害を被らしめている。

(五) よつて原告は、被告に対し右元金一〇万円およびこれに対する昭和三三年一月一日から右元金支払済まで年三割二分の割合による遅延利息の支払と、右池沼の明渡および昭和三二年五月一日以降明渡済まで月二、〇四〇円の割合による右賃料ならびに賃料相当額の損害金の支払を求める次第である。」

被告訴訟代理人は、「原告の請求はいずれも棄却する。」との判決を求め次のとおり述べた。

請求原因一について

「被告は、原告主張の日原告から一〇万円をその主張の約束で借り受け現金の交付を受けたことは認めるが、被告は、右借入金に対する利息および遅延利息として六、〇〇〇円あて、昭和三〇年一月一五日に同二九年一二月分を、同三〇年二月三日に同年一月分を、同年二月二八日に同年二月分を、その後同年一二月分までを毎月末に弁済し、更に被告は、元金の支払に充当する約束で原告に昭和三一年八月一七日に五万円同年一〇月九日に一万円同年一二月三一日に一万円、同三二年一二月三〇日に三万円を支払つた。

ところで、本件消費貸借の約定利率は、利息制限法(昭和二九年法律第一〇〇号)の制限を超過するから、これを制限利率に引き直しその超過部分を元本の弁済に充てて計算すると、被告は、本件契約の元本利息共にその弁済を了するものである。」

請求原因二について

「被告は、原告主張の日別紙目録記載の池沼をその主張の契約条件で賃借し、その主張の日その主張のように賃料を増額したことおよび解約の申入があつたこと(期日は除く)は認めるがその余は否認する。賃料は、昭和三五年分まで支払済である。右解約の申入は、昭和三三年五月になされたものであつて、被告は原告から本件池沼とその敷地が隣接する木造平家建家屋一棟を右池沼と同時に賃借したものであるが、該家屋は、右池沼の養魚施設として築造されたものであつて、その賃貸借は、右池沼の賃貸借を目的としているものであるからその家屋の賃貸借にして継続する以上右池沼の賃貸借のみを終了させることはできないと解すべきである。

仮に、そうでないとしても、原告の右解約は、権利濫用につき無効である。すなわち、被告は、本件池沼を利用して養鯉業を営み年間限度三〇〇貫の養鯉を収獲するが、その売価は総計二四万円位で、これより餌代、手伝人の手間賃、運搬代等の必要経費を差し引くとその利益はまことに僅かであつて金魚の仕入販売を副業としてようやく家族七人の生計を維持しているものである。

そして現在養鯉業に利用し得る池沼を他に借りることは、不可能であり、さりとて被告自身は、年令既に四〇才をこえ転業も容易でなく、その他生活の資けとなる財産もないので右池沼を失うことは家族七人の生活の根源を絶つ結果となるものである。

しかるに、原告は、相当の田畑を有する裕福な農家であつて、右池沼を自ら使用する必要もなく、これを埋めたててもつぱら他に高価に売却し、更に池沼を取りあげて被告をして前記借家をも立ち退かざるを得ないようにし、その明渡を待つてこれを処分しようとしているものである。従つて本件契約の解約は、いちぢるしく信義に反し、無効のものというべきである。」

原告訴訟代理人は被告の弁済の抗弁に対して「月六分の利息と遅延利息および昭和三一年八月一七日五万円の支払を受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。右五万円は被告から支払を受けた若干の利息と合計して昭和三二年一二月末日までの利息および遅延利息に充当されたものである。その余の金員は、前記池沼の賃料として支払を受けたものである。」と述べ、権利濫用の抗弁に対して「被告は、右池沼の賃料も滞り勝ちのうえ年来の恩義を忘れ、こんな池では食えない、首をくくつて死ぬほかないなどというので、それならばあえて貸しておく必要もないからこれを原告の居住する町の公民館か子供の遊園地建設敷地に寄附したいと考えてその明渡を求めているものであつて、信義に反しているのはむしろ被告の方であり、既に信頼関係の失われた本件賃貸借は、その点からでも解消される原因があるのである。従つて、本件解約を目して権利濫用というは当らない。」旨答えた。

証拠(省略)

理由

一  貸金請求について

原告がその主張の日被告に一〇万円を貸与し、現金を交付したことは当事者間に争いがない。そこで弁済の抗弁について考えるに、原告が月六分の利息と昭和三一年八月一七日右債務の弁済として五万円の支払を受けたことおよび右利息とその五万円の合計額は前記一〇万円を貸した日から、昭和三二年一二月末日までの月六分の利息相当額の金額となることは原告の認めるところであつて、昭和二九年一二月一五日から同日までの月六分の利息は、合計一四万七、三五三円四三銭であることは計数上明らかである。そして成立に争いのない乙第一ないし第五号証および被告本人尋問の結果をあわせると被告主張の日前記五万円のほかさらに右債務の弁済として三回に合計五万円を支払つた事実が認められる。(右乙号証記載の金員が全部原告主張の賃料とするとその最後の支払日である昭和三二年一二月三〇日までの賃料額をはるかにこえる事実からみても右金員は賃料ではなく、右貸金債務の弁済であることがわかる。)したがつて、後の合計五万円中昭和三一年一〇月九日に支払つた一万円のみの前記金額に加えた一五万七、三五三円四三銭を右債務の利息および遅延利息に充当したとしても(被告主張のようにその主張の金員は元本に充当したものでないとしても。)前記昭和二九年一二月一五日から昭和三一年一〇月九日までの法定利息および賠償額は、合計五万八、六三五円六一銭であるから、これに元本一〇万円を加えてもなお前記支払額は、右合計額を上廻ることとなり、本来制限利息の限度をこえる額を支払つた場合にはその超過部分は、元本債権の存する限り、元本の支払に充当したものとみるべきであると解するので、結局元本一〇万円も完済されたものというべきである。よつて、この点に関する請求は、理由がない。

二  池沼明渡、賃料請求について、

先ず、原告が、被告に原告主張の日その主張の池沼を賃貸したことは当事者間に争いがなく、また原告が、被告に対し右解約の申入をなしたことも争いないが、その時期については、成立に争いのない甲第二号証によると原告は、昭和三二年八月中と主張するが被告主張のように昭和三三年五月と認められる。

そこで、右解約が権利濫用であるとの被告の抗弁につき判断するに、(証拠)によれば次のことが認められる。

(一)  本件池沼は、もと内山岩太郎の所有であつたが、その側に建てられた建物と共に大正三年頃同人から被告の父がこれを賃借し養鯉業を営んでいたところ、原告が昭和二五年一〇月三〇日右建物と共にこれを買い受けたので、被告においてあらためて同年一一月一日これらを賃借し、父のあとを引きついで養鯉業を営んでいたこと

(二)  ところが、被告は、前記のように原告から借り受けた一〇万円の金利に追われ、その支払や本件池沼の賃料の支払も時々滞り、原告が、被告にその妻に右貸金の保証人にたてることを要求し、被告がこれを断つたような事情から、原、被告の仲が悪くなり、被告は、昭和三三年五月一七日頃原告に路上で会つた際「こんな池では食えない。首をつるより仕方がない。」などと放言したため、原告は、大いに立腹し、本件池沼の明渡を求めるに至つたこと、

(三) 被告には、みるべき資産もなく、本件池沼の養鯉業によつて中風の母、片手不具の叔父、妻、子三人の生活をようやくささえているものであつて、本件池沼を取り上げられては、前記建物の利用もほとんど意味を失い、生活に重大な支障を来すこと、

(四) 原告は、裕福な農家で、右建物も本件池沼も自ら使用する必要はまつたくないことが、認められる。以上の事実からすると被告の態度にも非難すべきものがあるが、前記利息や賃料の支払を滞つたのは、(賃料の滞りも現在は大半支払を了し、後記のように残つているのは僅かである。)その利率が高きに過ぎたことも原因になつているものと推認され、右放言も、一時の感情による売り言葉に買い言葉の程度で、原告の立腹も無理とは思わぬが、全体の事情からみると原告の本件池沼の明渡請求には、前記の事情に基く被告に対する反感が主因をなし、権利の行使として誠実を欠くものがあると認められる。もつとも、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件池沼を埋めたててこれを居町の公民館建設敷地として、寄附したい意向を有することが認められるが、証人渡辺錦三郎の証言によるとそれについて具体的な計画もなく、該請求の主たる動機は、依然として前記の点にあるものと認められる。従つて、原告の解約の申入は、権利濫用に属し無効であると解する。

よつてこの点の請求も理由がない。

次に原告の昭和三二年五月一日以降解約までの右池沼賃料および返還義務不履行に基く損害金の請求につき判断するに、被告本人尋問の結果(第二回)によれば昭和三二年七月分以降の池沼賃料は前記借家の賃料と共に弁済提供したが、原告がその受領を拒んだため供託した事実が認められる。

しかし、同年五月、六月分の右賃料も支払済であると被告は主張するがこれを認めるに足る証拠は存しない。

よつて原告の請求は昭和三二年五、六月分の池沼賃料四、〇八〇円についてのみ理由があり、その余の賃料および損害金の請求は理由なく失当である。

以上原告の被告に対する本訴請求は、右認定の限度の池沼賃料については理由があると認めてこれを認容し、その他を棄却すべく、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言については同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

前橋地方裁判所民事部

裁判官 水 野 正 男

目録(省略)

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